N君へ

額に傷がある。

測ったことはないけれど、恐らく10㎝前後だと思う。

初対面の人間でもハッキリと傷があるとわかる程度の傷がある。

小学4年生のころに交通事故で負った。

交通事故と言っては相手方に申し訳なるくらい、完全に自爆だった。

自転車で走行中、目前に歩道上で路上駐車をしている車を確認し、避けようとして車道に出ようとした瞬間、そこから記憶がない。

後から警察から聞いた話では、車道に出ようとしたときに、歩道と車道を隔てる境界ブロックに自転車の後輪が接触し転倒、そのまま頭から渋滞待ちの車にダイブしたらしい。

目が覚めると、一目で警察とわかる警察の人、いかにも善良そうな二人のおばさん、そして今にも泣きそうなN君の顔が視界に入った。

右手で額を抑えていた。

中指がすっぽり入るくらいの溝が額にあるのがわかった。

警察の人に尋ねた。

「僕、どうなってるんですか?」

「額が裂けてるよ。」

ああなるほど、額が裂けてるんだなと思った。

頭から車にダイブし、被っていたヘルメットが割れ、そのヘルメットが額に刺さり額を裂いたらしい。

その後救急車で病院に運ばれ、30針ほど縫う手術をした。

その手術痕が額にある。

 

その日はN君と、当時ハマっていたカードゲームのカードを買いに、学区外にある小さなおもちゃに行く途中だった。

僕が通っている小学校の校則では、学区外に遊びに行くのは5年生になるまで禁じられていること、自転車に乗る場合は絶対にヘルメットを被ることが定められていた。

学区外に遊びに行くことは校則を破ることだったが、ヘルメットを被るという校則は守っていた。

今思い返してもなぜ片一方の校則は何の罪の意識もなく破り、片一方はちゃんと守っていたのか、不思議なズレや歪みを感じる。

そしてそんなズレや歪みが結果的に命を守ったことに、つくづく運命の妙を感じてしまう。

ヘルメットがなければ完全に頭自体がバックり割れて死んでいたと思う。

 

N君とは、小学3年生と4年生の2年間だけ仲が良かった。

それまでは多分話したことすらなかっただろうし、それ以降も話した記憶がない。

さいころの友達というのはそういうものかもしれないけれど、そこまで局所的な友達は後にも先にもN君だけだろうと思う。

N君の家に遊びに行くことが多かった。

彼には弟もいて、その弟と一緒にゲームをしていた記憶がある。

とにかく2年間だけとても仲が良かった。

 

それから数年後、たぶん10代の後半のころだったと思う。

母親の車に乗って、町内のあるところを走っていたとき、母親が言った。

「N君覚えてる?ここで交通事故があって、N君の弟が亡くなったんよ。」

ビックリして言葉に詰まって、N君の弟の顔と、そして僕の事故のときのN君の泣きそうな顔を思い出した。

N君の弟の冥福を心の中で祈った。

 

それからさらに十数年後、小学生のときの同級生たちと酒を飲む機会があった。

当然のように昔話になり、昔の友達たちの話になった。

「そういやNって覚えてる?交通事故を起こして、相手の人亡くなったらしいよ。」

言葉が出なかった。

僕の交通事故のこと、母親からN君の弟が交通事故で亡くなったこと、そしてなによりまたあのときのN君の泣きそうな顔を思い出した。

何か小説でも読んでいるかのような気分になった。

 

朝顔を洗う時に鏡を見ると、やっぱり額に傷がある。

「目立たないように薄くなんねえかな」と毎朝思うが、これも自分の一部だと最終的に思い、また傷なんてなかったように忘れて一日を過ごす。

 

N君へ、元気ですか。